OZE ROCK FES!初日

数日前から夏期休暇を取り三連休にしようと計画を立てていた。久しぶりに山に、と思い立ち、はじめに浮かんだのが尾瀬だった。しかし天気は雨予報。というよりどの山もたいてい雨だ。小屋泊に切り替えて八ヶ岳、アルプス、瑞牆山、はたまた今年もう三度目となる雲取山、色々候補を立てるもたいていどこも雨。前日までさんざん迷った挙げ句、尾瀬に行くことにした。すでに高速バスは予約が終わっていたので始発の鈍行に乗って向かった。

途中まではほぼ順調な旅程だったのだが、山道を行く満員バスに案の定酔ってしまう。しばし休憩。あれはほんとうにどうにかなるまいか。

11時10分、鳩待峠からスタート。開始早々、いつものようにすれ違う人に挨拶をしている。するとおばあさんが「お気をつけて」と笑顔で返してくれて嬉しくなる。たいてい山道で気張った心を柔らかくしてくれるのはこういうおばあさんの笑顔の一言だったりする。山旅を豊かにしてくれる挨拶。もしぼくが女性なら、こういうおばあさんになりたいなどと思い歩みを進める。



2年前に尾瀬に来たときも雨天で、そのときは友人と至仏山に登った。きょうは東に進路を取り、尾瀬ヶ原を抜け、見晴らしテント場へ。明日は尾瀬沼、明後日は天気次第で燧ヶ岳(ひうちがたけ)へ。



雨は降っていたが想像していたほどではなく、小雨の中、心地よくハイキングを楽しんだ。さいごの新緑が緑を深めようとする狭間のようだ。湿地帯にはニッコウキスゲのきれいなオレンジが映える。群衆にいる美人のように目立っている。開ききることなくすぼめるようにしだれ咲く、あの奥ゆかしい姿はどことなくいとおしい。群生する水芭蕉は大きすぎて悪い夢のモンスターのような迫力だ。ピンクと紫を混色したような発色はアザミ。蝶が集まっている。

道々の途中、蝶々や蜂、イモリ、蜘蛛や魚が自由に動いていた。ためしに鳥の鳴き声を下手くそに真似してみると、一拍おいて応答してくれた。こんなに広い湿地で応答してくれる存在が嬉しく頼もしい。

2時間半ほど歩くと、群馬県から福島県へと県境を跨ぐ。魚や鳥や虫を思えば、線なんて結局、記号でしかない。線とは点の集合で、点と点を結ぶと線になる。その線は同時に平面を分ける存在でもある。線というのは「結ぶ、分ける」という矛盾した存在なのだな、などとこざかしい納得に思いを及ばす。わかったふりだけしていたい。そうさ私はプリテンダー。

さいごの15分はさすがにもう景色に飽きてしまったのか、「冷たいコーラが飲みたいよ〜 冷たいコーラはおいしいから〜」などと歌を歌った。もう29歳なのだぞ。反省したい。しかしこんな歌でも心は不思議と軽くなる。軽くなってしまう心。

13時50分、テント場につく。受付を済ませた。自然公園のなかでは、テントは定められた場所にしか張ることはできない。ぴーひゃらぴーひゃらたったたらた。それを不自由には感じないし管理費としてお金を取ることも、至極当然だと感じる。「大自然と自分」で生きているわけではない。設営前に冷たいコーラを二口飲んだ。すぐにテントを設営。雨が降り始めた。さすがに平日で雨予報なだけあって人が多くなく、とても快適なテント場だ。山登りは平日に限る。テントの設営をするのにペグ打ちをミスしてしまい、少し恥ずかしい気持ちでリカバリー。達成感もそこそこに1時間ほどテントのなかで眠った。本格的に雨が降ったときもあったが20分程度でやんでしまった。そんなのがこのあと、何度も何度も続いた。

「あるっっこーーあるっっこーーゆうきをだしてーあるっっこー」と小さい男の子が歌っている。彼はなぜかぼくのテントの周りをぐるぐると回っている。少年よ、ゆうきより常識を重視した方がよいときもあるのだと、いつか知ってくれよな。

それからはテントのなかで身体を拭いたり、一日のことを思い出したりして過ごした。17時になってもおなかが空かない。朝買ったおにぎりがひとつ残ってしまっている。味噌汁でも作って簡単なご飯とすべきか。

夜は冷えるのだろうか。いまのところダウンシュラフなんて不要のふっちゃんだ。

それにしても短辺に出入り口のあるテントでは、みんなどうやって調理するのだろうか。引火が怖くて、テントで調理なんてできないよ。そんな心配をしながらも夕食は18時頃、テントのなかでトライした。といってもフリーズドライの味噌汁とコンビニのおにぎり、湯煎のハンバーグである。しかし、いつもすぐに着火する火がなかなかつかず、なにかおかしいと思い、すぐに換気した。その直後頭がクラクラし始めた。もしかすると雨でフライ(外張りの生地)の通気性が下がってしまい、テント内の酸素が足りていなかったのかもしれない。このタイミングで調理をはじめて正解だったわけだ。基本的にどのテントメーカーも、テント内での火気の使用は推奨していない。雨天なら尚更だ。

しかしテント場で食べるデミグラスソース以上にうまいものなどあろうか。アウトドアにおけるデミグラスソースの破壊力は異常だ。たいてい、あたりに匂いがこぼれる頃にはあちこちのテントが騒がしくなり、デミグラスソースの話題で盛り上がる。テント泊登山者にとってデミグラスソースはささやかな夢(デイドリーム)なのだ。庶民の暮らしに寄り添うハンバーグがこんな自然に持ち込まれる夢を思えば、どうしたってセブンイレブンについて、大麻をもじったタイマーズが歌うあの曲について思ってしまう。

テントのなかで寝転び口ずさんでいる内に泣けてきてしまった。夢は大きく、という言葉を勘違いしたくない。日々の希望を諦めないこと。期待することを諦めないこと。ライフのドリームもデイのドリームも、結局はおんなじ道だ。

19時には歯を磨いて就寝。21時過ぎ、喉が乾いて起きる。なんだかテント内が乾燥している。結露しているときはこうなる気がする。カバーがないのでシュラフを濡らさないようにしないと。いまおれは福島と群馬の県境近く山のなかで寝ているのだな。電波が入らないので、隔絶感がある。もう少しだけこの静かな眠りを楽しみたい。

2時過ぎ、地図の仕事をする夢を見た。おおむね楽しかったのだがさいごに嫌な夢に変わってしまい、いささか残念に思う。歯を磨いたのに口のなかが気持ち悪い。ガムが足りない。思えばテント泊登山はこれで4度目。雲取山×2、瑞牆山尾瀬。ぼくの最初のテント泊は雲取山で、10数kgの荷物を1000m以上担ぎ上げ、それに稜線沿いで突風にあおられた。だからか、そのあとの登山は過ごしやすい。眠っていると枕元に誰かやなにかが歩いていく気配を確かに感じるが、ヘッドライトが当たらないのがおかしい。山が与えた同伴者か。いつのまにかまた眠っていた。初日が終わった。

OZE!