OZE ROCK FES!2日目

土曜日。5時起床。ウグイスや鳩が鳴いている。昨日から雨は降り続けている。フライはびしょびしょ。幸い、テントの結露はない。

地図を見る。今日の行程はおそらく一日雨だろうが、7-8時間もあれば余裕を持って回れるだろう。問題は明日だ。燧ヶ岳。1000mの高低さを急峻な岩場をこの雨の翌日に登り降りする。はたして安全にできるか。三年履いた靴底のグリップも最近心配だ。

雨が弱まったタイミングでテントのテンションを直した。フライが貼り付いてしまったようなので、張り綱をやり直す。トイレに行き、朝ごはんを作り、歯を磨く。がんばろう。

見晴らし小屋から尾瀬沼へ。昨日からずっと尾瀬には、茶を焙じたような芳しい香りがところどころに漂っている。この雨で植物が発酵しているのだろうか。植物が発酵しているにしてはまったくいやらしくない香り。もしやこれがフィトンチッドか?二日間、朝も夜も降り続ける雨のおかげでリアル森林浴。気持ちいい。雨の尾瀬、めちゃ良い。

茶色と白の毛皮、テン、または狐のような動物が木道を横切った。気づけばいつのまにか時計を落としていた。考えても仕方ない。行程に影響はないのでとにかく進む。尾瀬沼から臨む燧ヶ岳は雲に隠れてしまっている。滑りやすい道を楽しみながら注意深く進む。

ビジターセンターを出る。「尾瀬ヶ原、沼山」の看板に導かれて進む。突然ニッコウキスゲの群落地が現れた。思わず声が漏れる。周りの表情も明るい。鮮やかなオレンジ色が夏草色の木道を色づけている。チューバのような姿形だが、この花が奏でる音楽はきっと高音域。美しくか細くも力強い音楽が、いまにも聞こえてきそうだ。OZE ROCK FESのハイライトを飾るのはきっとこのバンドだろう。尾瀬の代名詞のようなこの花は、一日しか咲かない花だそうだ。ニッコウキスゲって天ぷらにしたら絶対うまいよな、って思った自分を恥じたい。

興奮してそのままぐんぐん進む。なにかおかしいな、と思った頃には完全に道を誤り1時間半以上ロスしていた。ニッコウキスゲに興奮しすぎた。沼尻に行くはずが沼山峠なる場所に。沼から離れていく地形と方角で気づけよ。とりあえず面白くなって笑う。これもすべて「君に話すためのこと」なのだ。十分時間は巻けているし、どうやっても夕方には着くので、とりあえず休憩所でコーラとカップヌードルを買って食べた。隣に座る老人はご夫婦だろうか、山登りについて話している。「それでもおれは、足が動かなくなる前に登るべきだと思うんだよ」というフレーズが聞こえてきた。そうだ、いまやりたいことを、いまできるうちにやるのだ。

コーラとカップヌードルを熱エネルギーに代え、それをさらに位置エネルギーに変換する。歩調を早めようとする自分をなだめながら進む。思い出を残すのだ。道を間違えたからこそ、ニッコウキスゲの群落地を二回も楽しむことができたのだ。

一日中降り続ける雨はもうさいこうに気持ちいい。稜線には出ないので風で低体温症になる懸念はほぼない。爽やかな気持ちで雨を受ける。まさに森林浴。お風呂より濡れている。この日、きもちいいと30回は発した。

15時、ようやくテントに着いた。スポンジやタオルで丁寧に拭き着替えた。おそらくもうこんなに濡れたウールシャツは回復しないし、さすかにこんなに濡れたままダウンシュラフに潜り込むことはできない。5年前に買ったTNBのTシャツを着た。もうよれよれだが、このTシャツは好きだ。

ちょっと早い晩御飯。アマノフーズの赤いカレー、黄色いカレーを、これまたフリーズドライの炒飯とわかめご飯で食べた。ごはん3人前は食べたはずだ。今日だけで20km以上歩いた。お昼はカップヌードルとコーラだけ、その他は行動食としてチョコバーひとつと羊羮ひとつ、あめ玉三個だけ。お腹が減って当然。成長期のように食べまくった。身体が熱い。食事とは本来こういうものだったな。

出発直前にメジロかなにかの鳥が、飛んでいた白い蝶々をかいつまんで食べたシーンを思いだす。羽をもがれてしまった蝶は必死に飛び立とうともがく。飛べるわけもない。それでも何度もトライするうちに鳥に身体を食べられてしまった。道には羽だけが打ち捨てられている。ぼくには静かな沈黙が流れる。世界は残酷なほどなにも変わらずにただ小雨が降り続けていた。たしか伊藤若沖がちょうどこんな絵を描いていた。

明日は晴れさえすれば、燧ヶ岳(ひうちがたけ)に登るつもりだ。今日尾瀬沼を一周してみて、一日雲をまとい続けていたので全容はまみえなかったものの、素晴らしい山の気配がするのだ。しかしあいにく、金曜日の12時からずっと雨が降り続けている。往復7時間越えのコース、岩場もある急峻な斜面。果たして天気はどうなるだろう。朝5時の天気で決めよう。

もし雨なら南側の八木沢新道を登り、アヤメ平を経て鳩待峠へ降りるのもありかもしれない。もしくはまたのんきに尾瀬ヶ原へ進むのも面白いだろう。