こだま和文、エマーソン北村、ザ・なつやすみバンド@西麻布新世界

伝説を見てきた。

なんのこっちゃい西山。プレゼンツ「みちくさspecial vol.14」
こだま和文エマーソン北村、ザ・なつやすみバンド@西麻布新世界
に行ってきた。

観に行かなかったみなさん、伝説を見逃したこと、とことん後悔してください!
本当に、本当に、すげーすげーライブだったのです!


ぼくは18時過ぎに着く。
既に前列の椅子席は徐々に埋まり出す。
前列にはなつやすみバンドのライブではあまり見ない、素敵なおじさんたちの姿が。
今日のライブの意味をちょっと感じる。

開始前のSEもじゃがたら


ぼくーたちはー光のなかーでーちゃちゃちゃ

ceroワンマンの登場時もこの曲でしたね。せろせろせーろせーろせーろ



昨日は事実 今日は存在 明日は希望
同じように月夜の下で 同じように足を鳴らし


はじめましてはエマーソン北村
登場時、大きな拍手に笑顔になって「ありがとう」って言ってて、
ライブって、お客さんと一緒につくるものだよな、って思い出す。忘れてた。

そしてこれは、以前なんのこっちゃい西山。さんのみちくさ企画、
奇妙礼太郎・福山希己江のライブに行ったときに思ったことだったから、
なんか原点に戻った気がした。


エマーソンさんは鍵盤一つで歌もなく、
しかしながらたった一人にして生み出すグルーヴがとんでもなく、
この人は歌詞必要ないな。

初めはカバーで、その後自作曲という流れで、
とくに「王冠」という曲は完全に持っていかれる。

「橋からの眺め」という曲は、この少し前に惣田紗希さんの個展に行っていて、
あるスケッチブックに港と橋みたいな絵(※追記正しくは「港とバス停」)があって、それがとても素敵で、
なんだかクロスオーバーを感じる。
きょうは良いライブになりそうな予感はもうこのあたりで確信へ。

アナログリリースも2月末ということで、その前に今日はこれからタワレコ
じゃがたらのCD買いに行くよおれは。

エマーソンさんのライブが終わるころ、歌詞が聴きたくなる。
この流れでザ・なつやすみバンドです!やっぱり今日キてます!


ザ・なつやすみバンドは12月のTOIROCK FES以来。
不本意ながらしばらく見ていませんでしたので、
どう変わっているのか、新曲がどんなものなのか、注目でした。

「サマー・サマー・サマー」

ライブでおなじみのポリネシアン観光センターから始まる。
続けて「車窓」から「自転車」へ3曲つなげる。
3曲つなげるのは初めて聞いた気がした。
「TNB!」群の完成度の高さはもう安心感すら覚えるほど。

ここまで瑞希ちゃんのいかれたドラミングかっこよすぎて
もうこの時点のかっこよさをぼくは言葉で伝える自信がない。
圧倒的に更新してた。久しぶりにライブでこみ上げてきた。

事実だけを描くなら、もうなんどもつぶやいたということだけ。
「かっけー…(超笑顔)」って。

とくにこの日のライブを決定的にしていたのはPAの素晴らしさ。
最近少なかった、中川さんの声を中心に出しながら個々のパートの豊かさを感じるような、
なつやすみ本来の形が出来ていて、歌詞が伝わるものだった。

それから、新曲「鳥は舞い降りた」。
前日までギリギリでやってたというこの曲。
お兄さんお姉さんにあたる「踊る理由」や「木漏れ日の歌」とは全く違うタイプの末っ子、ポップソング。
ちょっともう一度聴きたいよこれは!

中川さんのギター、初めて聴いたけど音の透度の高さはなんなのだ!
ヤイリだからなのかあれは!中川さんの声に合ってます。
ヴォーカルは鍵盤時ほど声を張らず伸ばさず、だった気がする。

エマーソンさんとのセッション。
ふたつの終わりを歌った、セッション。ふたつの終わり。

そして「パラード」。
どこ見ていればいいのかわかんないだから、かっこよすぎて最後の決めポーズ正義だったなあのsirafuさんを観たかきみは。(かっこよすぎて文法崩壊してます)

そして1つ前の新曲。「ファンファーレ」!
中川さんがバイト先のパン屋さんで見てた景色を曲にしたというこの曲。
高木さんのベースに注目!
最後のコーラスの交わりが応援歌にしか聴こえない!

新曲はどちらも、1stとは違った極に伸びてますですよ、みなさん!
1st「TNB!」群はベースとドラムで転がすロックンロールチューンがメインだったのに対して、
新曲は少しリズムを落ち着かせて、この極に伸びたか!という曲調。
それでいて「なつやすみらしさ」は薄まることを知らないような。

歌詞の内容も、忍ばせていたナイフを、優しい気持ちという素直さに持ち替えてます。
「力になりたい」という気持ちが、
きれいごととか蔑視とか悲観とかはねのけて誰かに届けば、寄り添えば、
音楽が鳴る意味があるはずなのだ。


そして、こだま和文だ。
少し大きめのジャケットにそでを通してハットをかぶって登場。
セクシーな枯れの訴求力はとんでもないところまで運んでいく。
あの不思議なキャラクターは一体なんだ。

こだまさんは、ぼくはベスト盤しか聴いたことがないし、
そのベスト盤も何十回も聞いたわけではないのですが、彼のやりたい音はライブで伝わりました。
Ready!と叫ぶあとに鳴らすあの音は突き刺さりました。

誰かは、文字に言葉を入れ込むようにペンを滑らす。
まるでそんなふうにトランペットの音を鳴らす。
枯れた、なんてとんでもない。あの音の入れ方を、君は見たか?

まっすぐにのびていくトランペットを置いて、なまはげに仮託する。
鬼もすなるなまはげといふものを、こだま和文もしてみんとて、するなり。

泣いてる子はいねーか?悪い子はいねーか?いじめっ子はいねーか?
いじめっ子はおらが驚かしてやる。でも、いじめっ子の話も聞いてやらねばなんね。

彼の言葉は朗読とは一線を画したい。
読むという行為というよりも、間をキメて言葉を発するという行為。
それは聞き手のぼくらからすれば、こだま和文が重ねてきた輪っかに針を落とす行為でもあった。

3.11までもうすぐ2年。

3.11前、不平不満ばっかり言っていた。
でも、そんな日常もまんざらでもなかったと気づいたわけであります。

子どもの頃、二ヶ月入院していた日々、
最後の日に、自分の腕を自由に動かし、自分の足で地に立った瞬間に重ねた。という。

まっすぐにのびていく「ふるさと」は、
震災直後、体育館の中で一人の中学生が朴訥に吹いたトランペットにみんなが涙するという景色を思い出す。

枯れたヴォーカルを活かしきった「What a wonderful world」。


そして、この歌詞を聞いて欲しいとつぶやいて始まった「エンド・オブ・ザ・ワールド」。


ここにいない人、この世に身体がなくなった人を、ぼくらの心に生かし続けるこだまさんの呼名。

最後三組セッションでじゃがたらの「もう我慢できない」


最近のぼくは、なんだか音楽を聴いても、どれだけ良いライブを観ても、最後にどこか空しさが残っていて。
それは騒ぎまくった飲み会の後に朝帰りするときの空しさに似ていた。

ぼくの欠落はもうついにライブですらも埋まらないのかもしれないなぁなんて思ってたけど、
この日はそんなむさしさなんて微塵もなかった。
欠落したひとりであるってことにどでかい穴をあけてた!

伝説のライブです。
本当に本当にすげーライブでした!
この興奮があの場にいた100人に満たない人の間でいつかいつの日か共有されんことを!
そして「ザ・なつやすみバンド」をみんな噛まずに言える日が来ることを!