親愛なる不思議な夜について(今年3度目の雲取山登山)

金曜日、職場から駅に向かう坂道を自転車で爆走する女がいた。両足をV字に伸ばし、女は叫ぶように歌った。聞いたことのあるCメロみたいなフレーズだったが、思い出せず10分ほど口ずさむ。駅のホームで粘った末、ようやく思い出した。カントリーロードだ。



「心なしか歩調が早くなっていく」



金曜日の夜を始めるのがあこがれについての歌とは。まるで出来すぎた物語が始まっていた。土日は板橋の植村直己冒険館に行き、本を読むつもりだったが、自分の足で、一本道の続く旅に出たくなってしまった。帰宅すると一心に山の道具を揃え始めていた。こうなったら止まらない。

気づけば食料を欲張りすぎてしまい、17.8kgにもなっていた。15.5kgまで、いろいろと削る。心を落ち着けるようにシャワーを浴びて眠る。遠足気分だ。翌朝、5時過ぎに起きて電車で雲取山へ向かった。登りはいつもの通り、息を切らしながら亀のように歩く。9:20頃開始し、13:30に奥多摩小屋へ着いた。まずまずのペースだ。道々に積まれるケルンが増えていた。

受付を済ませ、今夜の寝床を固める。平たい地面が確保できた。水場から水を背負い上げる。今日のすべてが片付き、14時半ごろ、遅い昼ご飯とした。ここからはすべてが自由だ。

いつからか、山に行く度に思いめぐらす言葉がある。いつか母親から言われた「どんな山登りにしたいか、よく考えなさい」。今日は自分らしい登山にしようと、大好きな登山の本を持ってきた。ヘッドライトに照らしながら寝袋のなかで読むのだ。稜線上のテント場は、17時頃にはもやに包まれてしまった。こんなのは初めてだ。

楽しみにしていた調理、焼き肉とまいたけピーマンのバターソテーは失敗。肉は火の通りが悪く、塩を忘れてしまったためにまいたけの臭みが強い。たいしてお腹も減っていなかった。塩には臭みを消し、味をまとめてくれる力があるらしい。ほとんど残して朝ごはんでリカバリーすることにした。料理が得意だなんて口が裂けても言えないな。

19時過ぎには寝る準備を整える。トイレに行くも、星どころかもやがひどくて、前の道すら見えない。諦めて寝袋へ。ヘッドライトをつけて二時間近く本を読む。ガストン・レヴュファ「星空と嵐」。登山の本にはすばらしい本がたくさんあるが、まだ読み終えてすらいないこの本は、間違いなく、その一つに数えられるだろう。卓越なる語彙と筆捌き、訳文のリズム、フランス文学独特の息継ぎを味わいながら、うたた寝が気持ちよくいつか夢の中へ。

夜中、地面からの空気が冷たくて、何度か起きる。3時過ぎかと思い時計をみたら23時だったときは絶望しかけた。4時前だったか、トイレに行こうとテントを出る。テントのジッパーは凍っていた。バリバリと開ける。すぐに星空が迎えてくれた。うわあ。氷点下の澄んだ空気に元気そうに浮かぶ遊星。振り返れば、月が西の空に低く、妖しく輝いてた。周りの空はレモンとオレンジの間のような色合いがにじむ。うつくしさのすべてだ。

夜の歩みとともに姿を覗かせた月の明かりは夜道を照らしてくれている。おかげで、ヘッドライトなしでも歩ける。夕刻のもやを吹き飛ばした風は、稜線にあるぼくにも平等に襲いかかる。心の奥にまで届きそうなほど鋭い寒さがダウンやフリースを抜けて皮膚を貫く。理由もなく涙が伝っていく。

衛生的とは言えない、貝のような臭いがたちこめる暗いトイレのなかで、心について考えていた。自分と世界をもっとも離す場所にあるのが胸で、だから人は心をそこに置くのではないか。もっとも離す場所にあるから、もっともつながりたいと願う。そんな逆説も健気さの形ではないのか。

和式トイレの足場と足場の間のクレバスはエベレストの氷河に潜むアイスフォールよりも暗く、深遠なる闇だ。トイレを出ると、小雲取山の斜面には小さな光がちらついていた。月を追いかけるように、西へ西へと彼らは高度を上げていく。時々、こちらを振り返りながら。はたして頂上へ、出遅れた朝日を迎えに行くとでもいうのだろうか。

テントへ戻ったぼくは数分間、夜空を見上げていた。夜空がきれいだからではない。今まで意識してこなかった夜について、なんだか不思議な体験をしている気がしたのだ。首筋が痛むまで見上げ、テントへ入った。しばらく、レヴュファの本を読む。花に嵐の例えもあるよな。

翌朝、7時過ぎにゆっくりと起きた。お腹が減っている。冷えたからだを労るように、味噌汁や鶏団子スープに昨日残したご飯をうかべる。水気の多い野菜類はバターソースをギリギリまで煮詰めてなんとか形にした。登山には、薄くて柔らかい肉の方が良いし、なんならコンビニのハンバーグが一番良い。

ゆっくりと寛いだあとに準備をして、9時半ごろに道を発った。12:10に下山した。途中、水場のあたりで鹿が斜面を横切ったのを見て興奮した。

帰り道、オレンジ色の青梅線に乗りながら「うつくしきひかり」の「夜」を聞いた。車窓からこぼれるひかりのなかで、この旅のはじまりと夜について考える。

眠る直前、ページをめくるレヴュファの本にはこんな一節があった。
「けれどもあこがれは、いつでも抱いていなければいけない。わたしは思い出よりもあこがれが好きだ。」

ぼくはあの夜、心の奥に刺さりそうな寒空のなか、稜線上の一本道の上で、旅を始めたあこがれについての歌と、それを結ぶ夜のつながりについて、きっとどこかで感じていたのだとおもう。あまりにも出来すぎた、夜の話だ。