20180120-21天狗岳登山

20180120-21今シーズン初の雪山は天狗岳(長野県八ヶ岳)に登った。

一年前の大寒波が襲った北横岳での反省を生かす。どんなに初級の山でも天候次第ではリスクが増すことを心の真ん中に置き、今回はとにかく準備と備えを徹底した。*1

基本的なところでは、まずはハードシェルジャケット*2を購入、また下半身のベースレイヤーを新調した。爆風下であっけなく破綻したグローブシステムやレイヤリングも、いちから考え直し、稜線上(森林限界手前)までのアプローチ用と、森林限界を越えていく場所に対応可能なもの、最後の備えとしての予備、三種類を用意した。

また、昨年爆風により2秒で凍りついたバラクラバは、呼気でサングラスが曇りそのまま鏡面が凍りつかないように、使い捨てマスクの鼻の針金部分を切り取って自分で縫い付けた。呼気が上に抜けないような工夫、DIYの極地法だ。そして現場では風の穏やかな場合はなるべく口許を露にする運用サポートを組み合わせることとした。

足先の冷え対策として、finetrackドライレイヤーと極厚靴下を組み合わせ、また、アイゼン装着がスムーズにできるように、家では厚出の手袋をした状態でアイゼンやスパッツ装着の練習に励んだ。ピッケルの使用法については雪山登山の参考書、バックカントリー穂高YouTube動画などを駆使して学んだ。

登山を知れば知るほど、同じ道具でも使い方によって効果は倍増も半減もすることがよくわかる。メーカーの言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考えて自分のからだの感覚と相談しながら必要なものを選ぶ、なければつくる、というのが登山の楽しさのひとつなのかもしれない。

金曜日、定時ダッシュかまして、高速バスで甲府の友人の家にお邪魔した。仕事終わりの友人と合流する。元々自分ひとりで行くつもりだったが、急遽彼も参加。別行動し一人で東天狗まで日帰り往復するとのこと。お互いのための別行動、お互いのためのソロ登山だ。

土曜日、8時前に甲府駅を発ち、茅野を経て10:17渋の湯着。友人とはここで別れ、ぼくはゆっくりと黒百合ヒュッテへ向かう。何度も練習したアイゼン装着をスムーズに済ませる。ストック2本で進んだ。多少は凍結箇所はあったものの、雪山ハイクを楽しんだ。




暑かったので、ほとんどベースレイヤーで行動。13時前にはチェックインし、お昼にカレーライスを注文した。LINEを見る。友人は一時間ほど前に着いていたようだ。



しばらくしてからヒュッテ前の急坂を借りて滑落停止訓練に勤しむ。シリセードで滑っていくとfinetrackのハードシェル、エバーブレスアクロのスノーベルト(スノーハーネス)が股間に食い込んできつい。これはほんとうに滑落したとき、きんたまがギャンギャンにつぶれてしまう気がする。何度か繰り返した後、斜面を登りきり、明日の目標を眺めてこの日の雪山を閉じた。



小屋に戻りお湯を飲んで休んでいるとおじさんふたり組の会話が耳に入ってきた。印象的だったのは「なぜ山に登るかの回答は3つに集約される」というものだ。おじさん曰く、「1.未知への好奇心や挑戦、2.癒しや景色、3.心身の感覚を通じた自己確認(生きてるって感覚)」らしい。ぼくにとっては3.自己確認が山を登る理由の大半で、雪山登山の場合には、きれいな景色が見たいからが比重を高めている。「ごはんがおいしくなる」ことは1.好奇心と2.癒しの双方にまたがるのだろうか。なかなか興味深い。

なぜ山に登るかという議論はどんな山登りにしたいかと近似だとおもう。そしてそれはどのように山を登るかと密接に関係している。WHY、WHAT、HOWの問いに答えるにはそれぞれについて深める必要がある、山登りに限らず。

晩御飯を食べ、トイレを入念に済ませてから三階の屋根裏部屋の奥へ。ここが今日の寝床である。これでは夜中、決してトイレへは行けまい。しかし足を踏まれる心配はまずないだろう。

ブレスサーモとはいえ薄ーい寝具!しかし暖気が三階に集まってくるからか、すこぶるあったかい。きっと我が家よりずっと。下の階のおばさんが世間話をしていてうるせえ。初対面のカップルに「結婚しないのか、情けねえ男だ」と迫っていた。余計なお世話だと心のなかで悪態をついていたらどうやら自分の息子が結婚しないらしく、それが自分と旦那の不仲が原因と考えているらしかった。少しだけ同情したが、なんでもいいけど勘違いした罪悪感を他人に押し付けて説教に変えるなよ。除菌シートでからだを軽く拭き、ベースレイヤーだけで布団にくるまって寝た。耳栓がよく効いたのでほぼ熟睡できた。



土曜日、朝御飯をいただき、準備を済ませる。7時前には出発した。3セット持ってきた手袋は、ここで大本命を取り出した。全く寒くない!さいこうの具合だ。しばらく樹林帯を進んでいく。左足先だけ少し冷たさの違和感があるものの、問題ないと考えて進んだ。

しばし樹林帯のハイクを楽しむ。斜面に取りつく頃に、左の足先が冷たく、痛みが強まってきた。靴紐を閉めすぎたのか、濡らしてしまっていたのか、靴下がフィットしていないのか。確かめるにはアイゼンやスパッツを外す必要がある。そんなことはしたくない。すぐに下ればよい、そのまま進んだ。

樹林帯の狭間で細かいガラスのような雪塵が顔に当たった。ダイヤモンドダスト、とてもきれいだ。樹林帯を越える手前でバラクラバを準備し、お湯を飲んで再び出発した。





雪面にクライミングテクノロジーピッケルを差して進む。なるほど、ピッケルというのはこういう使い方をするものか。キックステップを織り混ぜ、アイゼンを効かしながら一歩を踏み出す。違和感のある左足だけ、優しく、ときに強く蹴る。指先をなるべく動かし、血が通うイメージを持つようにした。

ごつごつとした岩場は、とりわけ慎重に登った。慎重を求められる場面においては、どうしたって呼吸が浅くなり息が上がる。呼気はサングラスをくぐもらせ、バラクラバを濡らす。時折思い出したように口許を開け、風が吹けばまた閉じる。行為を繰り返した。急な斜面には雪山の教科書に載っていたように、上体を寝かせ、ピッケルのピックを雪面に刺して進んだ。一瞬の爆風にはコンティニュウス(耐風姿勢)を取って耐えた。

東天狗の山頂に着く。三角点にタッチ、写真を撮って西天狗岳に向かう。二つを結ぶコルは完全な無風地帯になっていた。タイミングが良かったのか、周りの山々が障壁となっているのか。西天狗岳の最後の登り、終わってしまう夏休みのような気持ちを噛み締めて、晴れやかな気持ちで高度をあげた。西天狗岳には10分くらい滞在した。写真を撮ったり、サングラスを外して景色を眺めたりした。



汗冷えしそうな気配がしたので、ゆるく下山を始めた。ヒュッテまではあっという間。しばらく小屋の前で休む。お湯を飲み、バラクラバやネッグウォーマーをしまった。小屋から出てきたお客さんが小屋番のおじさんと別れの際、名残惜しそうな挨拶を交わしていた。別れを告げて去る一行を、背中が見えなくなるまで見送るおじさんの姿を見て「この人の仕事は信用できるから、また来よう」と決めた。少しばかり行動食を補給。さあ出発だ。ピッケルをストックに持ち変える。ヒュッテから渋の湯へ向かう。ふたつある分岐を注意して下った。


*1:雪山では初心者向けイコール安全、では決してない

*2:雪山で一番外側に着る服、風を防ぐために堅牢な素材を使っている